AKB48 小嶋真子 評価

AKB48

小嶋真子 (C)makochan_2525/instagram

「近代アイドル史において最高の逸材」


小嶋真子を眺めながらふと、考えたことがある。この世界の、この時代のある時点から分岐した並行世界(パラレルワールド)の存在だ。その世界での小嶋真子は、雲井浪子(宝塚少女歌劇団)の系譜に組みし、アイドル界を牽引する存在として輝きを放っている。西野七瀬平手友梨奈の存在を歯牙にもかけない豪胆な笑顔をみせている。彼女の笑い顔はアイドル=笑顔という概念の伝統を、存在理由をつよく想わせる。

現実世界の小嶋真子はその領域まで「あと一歩」のところまで到達した。あるいは、アイドルを志した段階ですでにその「あと一歩」という地点に立っていた。「逸材」という意味でなら、近代アイドル史において最高到達点であった。しかし、結局、そのさきにある、「アイドル史に銘記されるべき人物」が生息する領域の縁には手が届かなかった。「あと一歩、というのは実は一番遠い距離なのだ」と、ある偉人は云う。

デビュー直後、15歳のアイドルの全身に降り注いだ「AKB48」の未来を担うという重責、心の重荷は、現在の彼女からきれいに取り除かれたようである。同時に、グループのエースという矜持も欠落してしまった。現在の、ステージの上で乱舞する小嶋真子からは、デビュー当時にみせた、観る者の心を握り潰すような迫力(緊張感の要求)が忘却されてしまったように映る。妥協によって、アイドルとしての寿命を延伸したのだろう。「小嶋真子」なら飛び込んで当たり前だ、という空気感を察知して、躊躇をまったくみせずに橋の上からバンジージャンプをする。引き上げられた後に、思いがけない涙をみせる。虚構と現実を行き交いする少女の心の底に、どれだけの重責が堆く積み重なっているのか、気付かされる。それを彼女が自覚していることにも思い至る。勇猛と傷つきやすさの共存は、皮肉にも、それが、エースとしての証明になってしまう。その儚い証しが、小嶋真子から完全に欠落してしまった。

この、小嶋真子からの”ポテンシャルの喪失”により、「AKB48」の歴史に大きな転換点が刻まれたと確信する。アイドル・小嶋真子の延伸は、グループアイドルの延命でもあった。現代アイドル史に形成された概念を転覆させる資質を抱えた少女の挫折は、アイドル=グループアイドルという概念の延命になったのだから、小嶋真子という存在は、やはり、アイロニーに満ちている。

 

総合評価 78点

アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物

(評価内訳)

ビジュアル 18点 ライブ表現 19点

演劇表現 13点 バラエティ 16点

情動感染 12点

AKB48 活動期間 2012年~

評価点数の見方