AKB48 入山杏奈 評判記

「美しい罪」
入山杏奈、平成7年生、AKB48の第十期生。
まだアイドルの扉をひらいたばかりの頃、カメラを前にすると、俯き、黙り込んでしまう場面が多く、憤りや葛藤を秘めたメランコリーや、屈託の果てにあるアンニュイを投げつけるアイドルの象徴のような人物であった。「ハーフ」を想起させる彫りの深いルックス、アニメーション声優のような声音をして、その存在感はAKB48のこれまでのアイドルとは一線を画しており、あたらしいファンを獲得するための入り口として機能したようだ。
2018年にメキシコへ留学するが、それまでに書いた、アイドルを演じ過ごした期間は8年間、表題曲の歌唱メンバーに選抜された回数は実に14回と、物語は長い。また、AKB48にとって、アイドルシーンにとってきわめて重要な転換点になりうる出来事、「全国握手会傷害事件」、その悲劇の中央に彼女は立っており、平板さ平易さから遠い場所に立たされたアイドルである。もちろん、入山杏奈の物語は、暴力による悲劇だけで染められているわけではない。演技力については凡庸を凌ぐ場面を作らないものの、地頭が良く、ウィットに富んでおり、仲間やライバルとではなく、ファンと、泡沫な稚気を描くのに成功している。とくに、クリスマスをめぐるファンとの交錯・エピソードはなかなかに反動的で、しかし愉快で、巧妙な豊かさがあり、おもしろい。ファンを興奮させる、退屈させないアイドルにおもう。
だが、今日、あらためて彼女の記す青春の書をめくる際に、どうしてもそこに深刻な不条理を見出してしまう。アイドルになった奇跡への実感を持てない、と様々シーンでこぼす彼女が、自身をアイドルだと認定した瞬間こそ「全国握手会傷害事件」であり、なおかつ、悲劇によって、やはり、彼女の内で、あるいはファンの内で、アイドルが暮らす架空の世界に置かれたなにかが決定的に損なわれ、青春の犠牲を代償にして手に入れた夢の時間が終わってしまったのではないか、と受け止めざるをえない夢の断念を目撃してしまう。
メキシコ留学以降、帰国=アイドルの再開と再会に対する不確かさ、アイドルでありながらアイドルとしては呼吸しないという、「現役」と「卒業」を不分明にしてしまう、危うい部分が多い。
カメラの前で流暢にスペイン語らしきものを喋り、メキシコのワークショップを紹介し、ときには大自然の中を無邪気に走り、泳ぎまわる彼女をアイドルとして扱い、眺めるためには、乗り越えなくてはいけない障壁(これらはあくまでも、アイドルの外伝や後日の話などではなく、アイドルの本篇である)がある。ひとりの少女が異国の地を舞台に様々な人間と交錯することによって成長する物語……、たしかにこれはかけがえのない「教養小説」と呼べるだろう。だがプログレッシブにすら映るその奔放さ、日常を演じる毎日からの脱却に成功した人間の、聡明で活力に満ちた表情を、グループアイドルの物語へとすり替えることにはどうしても躊躇がある。それはやはり、アイドルとは常に身近な存在であり会えることが当たり前である、という日常に我々ファンが馴れすぎてしまった所為だろう。アイドルを神秘な存在へと押し上げてしまう入山杏奈、なるほどたしかに、それは「美しい罪」と呼ぶべきかもしれない。
総合評価 61点
アイドルとして活力を与える人物
(評価内訳)
ビジュアル 14点 ライブ表現 9点
演劇表現 12点 バラエティ 12点
情動感染 14点
AKB48 活動期間 2010年~2022年