AKB48 有馬優茄 評判記

「ありゃま」
有馬優茄、平成3年生、AKB48の第五期生。
秋元康に会うためにアイドルになった、というやや突飛な動機を語っている。このひとは、言葉では説明できない魅力、というものを持っていて、彼女のことを推すファンですらアイドルの魅力を他者に向けて説明できない、という情況にあったようだ。有馬は、日常の機微を描くことを得意とする、作家性に秀でたタイプのアイドルであったが、日常のフィクション化、要するに日常における体験を劇場の舞台の上でアイドルの素顔として語り物語を作る、これは当時のシーンではまだまだ異端であり、アイドルの本領がどこにあるのか、ファンに教えきれていない。であれば当然、作り手も有馬優茄というアイドルに確信が持てないわけである。作り手や、多くのファンが目をつけたのは、有馬優茄のダンスの不器用さ、であった。結果、セレクション審査=内部オーディションで落第し、正規メンバーに昇格することなく、アイドルの世界からはじき出されてしまった。
研究生の立場のままアイドルの活動を辞めた、といっても、3期生の磯怜奈、藤島マリアチカ等、また4期生で内部オーディション落第を経験し霧散した面々のようにアイドルの輪郭をもたない登場人物、というわけでもない。セレクション審査によってアイドルの世界からはじき出されたことに変わりはないが、前者と比べれば、有馬は劇場公演にも出演しているし、ファン交流もそれなりにある。アイドルとしての「顔」をしっかりと持っている。1年と3ヶ月アイドルとして活動し、その間にAKB48がブレイクを確信した『大声ダイヤモンド』に参加してもいる。しかし、シーンの主流となっていくグループを前にして、その大きな歩幅に付いていくことができなかったようだ。正直に云えば、アイドルとして特筆に値する物語はひとつもない。だが、AKB48のヒットの前と後、その端境期を生きたアイドル、という意味では語るところはあるように感じる。とくに有馬優茄は個性的なアイドルであったから、もしグループがヒットしていなかったらあるいはセレクション審査を通過していたかもしれない、というアナザーストーリーへの希求をもっている。
端境期を迎え、グループの相貌に変化が生じてきた。当然、作り手の意識にも変化が起きつつあったはずだ。というよりも、意識の改革を迫られたはずだ。意識の改革を迫られたとき、人は往々にして、自身の過去を裏切るものである。4期生オーディション開催に際し、プロデューサーである秋元康はAKB48を「個性の集合」と云っているけれど、5期生登場の段階で早くも自身の過去を裏切り、個性的なアイドルと形容するほかない有馬を内部オーディションによって破断させているわけである。
ファンからの反動もそれなりにあったようで、とくに内部オーディション落選後の、「即日解雇」というイメージを投げつける対応によって、別れの挨拶すら一言も発せられないままアイドルが唐突に姿を消すという事態を前に、怒り、嘆き、呆れ、様々なファン感情が垂れ流されている。
あるいはこれは、後に開催されるオーディションでの復帰を見越した対応であったのかもしれない。不意に姿を消したアイドルの再登場が描かれるならば、心を揺さぶられるファンは多いだろう。事実、あたらしいオーディションの開催が告知されるたびに彼女のファンは、アイドルの復帰を妄想し、ノスタルジーに浸っていたようだ。だが結局、有馬優茄がふたたび夢の世界の扉をひらくことはなかった。
総合評価 48点
辛うじてアイドルになっている人物
(評価内訳)
ビジュアル 8点 ライブ表現 6点
演劇表現 10点 バラエティ 13点
情動感染 11点
AKB48 活動期間 2007年~2009年