乃木坂46 4期生 注目度ランキング

「群像劇の再来」
アイドルシーンを眺めていると、頻繁に「世代交代」という言葉を目にする。
グループアイドルにおける「世代交代」をじかにとらえて言葉に表わすことは、容易ではない。世代交代という言葉を用いる際の、その文脈の多くは、グループの隆盛、衰退への感慨にあるはずだが、そもそもそうした感慨がうまれた時点で、世代交代のなにがしかは完了しているからだ。グループに新しいメンバーが加入しても、その段階で世代が交代されるわけではない。世代交代が完了するのは、その少女たちが、アイドルとして、なんらかのかたちをとった瞬間になるだろう。そのかたちをここでは、とりわけ乃木坂46では「群像劇」と定義できるだろうか。
群像劇という言葉の意味を、それが文学作品から、たとえばバルザックやゾラから生み出された人間喜劇の視点で語れば次のようになる。人間喜劇とは、人物の再登場を用いることで、おなじ人間であっても社会の局面においてまったく違った相貌をもつのだということを描き出す手法にある。第一幕に登場した主人公以外の登場人物が、次の幕で主役を任された際に、それまでとはまったく違った性格を見せるところに群像劇の魅力がある。乃木坂46に向けて「群像劇」という言葉・解釈が多くの場面で投じられるのは、やはりメンバーのそれぞれが主役になりえる可能性を秘めていて、また実際に主役に選ばれた際には、これまでとは違う顔をしたアイドルをファンの眼前に提示するからだろう。とりわけ1期生にはそうした魅力をそなえたメンバーが数多く存在するように思う。
群像劇をかなえた1期生のかなめを端的に捉えれば、それは、少女たちの不完全さ、となるだろうか。不完全であるがゆえに、尽きない可能性、尽きない感情を秘める。それが、群像劇の完成に貢献する。
乃木坂にあたらしく加入した4期生を眺めながら私がまず受けたのは、なんとも頼りない、粒ぞろいとも云えない、釈然としない、風采のあがらない少女たちという印象だが、それは裏を返せば、不完全さ、と好意的に解釈することも可能かもしれない。そういえば、乃木坂の1期生の登場に際しても、似たような印象を私は抱いた記憶がある。さて、この「西野七瀬に触れた最後の子供たち」とも言うべき11人の少女たちは、一体、どのような夢を見せてくれるだろうか。ここで今一度、いや、本格的に、少女たちを眺め、その才能を見極めてみようとおもう。
4期生 注目度ランキング 11位
田村真佑

田村真佑、平成11年生。
すでに人気、実力、共に申し分ないアイドルを作っている。クールな印象を受けるが、笑うと空気感が変わり、途端にチャーミングなアイドルが立ち現れる。グループアイドルとして、乃木坂46の一員として、素晴らしいスタートを切れたのも、きっと、その空気感の賜物だろう。けれど、どこか、力強く空振りしているだけに見える場面も多い。それはなぜだろうか。20歳でデビューした田村にとってのアイドル=青春とは、他のメンバーにとっての青春とは決定的に意味合いが異なることが、不必要な力みを生じさせているのだろうか。
4期生 注目度ランキング 10位
清宮レイ

清宮レイ、平成15年生。
底しれぬ活力をもっている。個性的なアイドルだと、文句なしに呼べるだろう。ステージ上の振る舞い、佇まいからもセンターへの憧憬を抱きやすい少女である。その点で、乃木坂的と言うよりもAKB的なアイドルに見える。あるいは、そうしたイメージ全体が少女によって演じられたものであるのならば、そうした演劇がファンの多くに見破られた際に、少女の表情がどのように変わるのかが、むしろ清宮レイというアイドルの見どころになるのではないか。
