乃木坂46 失いたくないから 評判記

「失いたくないから」
歌詞について、
乃木坂46の第一章に位置づけされる物語の、その少女たちの横顔のすべての前日譚、プロローグであり、『君の名は希望』の「校庭」、『何度目の青空か?』の「水道の蛇口」が映し出す「青空」、『逃げ水』における夢への「蜃気楼」など、のちに描かれることになる物語の輪郭が記されており、それは手法的に物語を組み立てた結果というよりも、アイドルの現在を眺めつづける作詞家が、自身の詩情に迎え撃たれた結果であり、アイドルの成長とその共有の逃れがたさを克明に描いている。
また、今作は、今日ではやや放擲されてしまった、作詞家・秋元康の詩情の巧みさ、詩的表現の魅力を存分に味わうことができる。「あっと言う間にザザーっと雨が降り始め夕立になる」、このような詩的表現は、小説、散文では表現するこができない、詩だからこそ叶う描写と云えるだろう。なによりも、その個人的体験から描き出される「空」の写実性には舌を巻く。
ミュージックビデオについて、
楽曲の命題をみごとにとらえており、アイドルを演じることになった少女の、その「導入」をしっかりと記録しつつ、少女たちが夢の世界に浸透していく様子を濃やかに表現している。『桜の花びらたち』とおなじように、今作品もまた、アイドルを演じる少女本人が、あるいは、彼女たちのファンがいつか物語のはじまりを思い出すとき、その郷愁の拠りどころとなるだろう。
きらびやかな衣装をまとい、楽曲を演じるアイドルたちが、すでにそれなりの演技を作っている点にもおどろく。『失いたくないから』は、乃木坂46がシーンにおいて突出した演劇集団へと育ったことの支点と云えるのではないか。映像作家・丸山健志の才幹が発揮されており、今作品で描いた物語が、憧憬と遠景そのものがやがて『悲しみの忘れ方』へと帰結して行ったことに鑑みれば、映像作家もまたアイドルとの成長共有に否応なく結びつく存在なのだろう、という事実を鑑賞者の胸の内に落とし込み、教えてくれる。
総合評価 72点
現在のアイドル楽曲として優れた作品
(評価内訳)
楽曲 15点 歌詞 15点
ボーカル 12点 ライブ・映像 15点
情動感染 15点
歌唱メンバー:生田絵梨花、生駒里奈、市來玲奈、井上小百合、川村真洋、齋藤飛鳥、斉藤優里、桜井玲香、白石麻衣、高山一実、中田花奈、永島聖羅、中元日芽香、西野七瀬、能條愛未、橋本奈々未、畠中清羅、深川麻衣、星野みなみ、松村沙友理
作詞:秋元康 作曲:蛯原ランス 編曲:塩川満己