『Unhappy birthday構文』『空飛ぶ車』を聴いた感想など

「アイドルの可能性を考える 第五十八回」
メンバー
楠木:文芸批評家。映画脚本家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:写真家・カメラマン。
さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。…今日は実験だから、適当に座って五人で一班を作れ。先生が何の気なしに言った一言のせいで、理科室にはただならぬ緊張が走った。適当に座れと言われて、適当な所に座る子なんて、一人もいないんだ。
綿矢りさ/蹴りたい背中
「『Unhappy birthday構文』のMVを観る」
島:この作品どうこうではないんですが、前回、題にあげた「綿矢りさ」に引っ張られてしまうのか、櫻坂46って、なんて言えばいいか、これまでにメディアなどでも繰り返し言われているんでしょうけど、青春の閉塞感かな、そういうのをテーマにした楽曲が多いですよね。
楠木:何をしていてもまったく満たされない、という閉塞感はテーマとしてあると思います。まあ、自分の青春を思い返してみると、今でも覚えているのが、高校生の時に、夏休み明けに、クラスの女子がね、休み楽しかったなあ、みたいなことを話しているのを聞いて、休みをそういうテンションで振り返ったことが僕にはなかったので、なんというか、不思議で、今でも覚えている。夏休みに楽しい思い出がいくつか実際にあったとしても、そういうことを口にして思い出に浸るような、そういう平然さが不思議だったんです。それって、ほんとうか?って、楽しかったって言いたいだけじゃないか?って。まあ、ひねくれていたので、僕は(笑)。
横森:休日に予定がなくて暇だと、自分は孤独なんだって、そういう焦りね。大人になると無くなるよね、そういうのは。なんでだろうね。
楠木:誕生日っていうイベントで僕が思い出すのは、実家のすぐ近所に同級生が二人住んでいて、一人は男子、もうひとりは女子で、それでその女子の誕生会にもうひとりの男子は毎回呼ばれるんだけど、僕は一回も呼ばれたことがない。仲が悪いなんてことはなかったはずなんだけど……。
横森:誕生日って避けられないイベントだからなあ。誕生日になると、生まれる場所は選べないけど、死に場所は選べるんだとか、よく考えてたっけ。
島:思うに、この楽曲って、ノスタルジーに浸ることでしか聴けないんですよ。じゃあ、この題材に向けるノスタルジーを持っていない人間はどうしたら良いんだろう。
横森:若者に向けて書いているはずだけど、体裁に見えるよね、どうしても。これを聴くのは、少なくとも歌詞の正面に立つのは大人のアイドルファンがほとんどだろうし。エスプリになっちゃうよね。
島:でもそういう落差がないと新しいファンは増えないんでしょうね。
横森:ビデオの後半あたりでアイドルの前に石を置いてさ、その前で踊らせているじゃない。こういうさ、映像になんらかの意味を持たせようって意識が、構図の綻びを作り手自身に看過させてしまうんだろうな。そこに意味があろうがなかろうが、構図が滑稽だったらそれはもうだめなんだよ。
島:これはどういう意味なんだろう、と考察させたいだけで、意味自体に深い魅力が宿っていないんですね。
楠木:こんなことを言ったら、低次元だと怒られるかもしれませんが、質の良い曲ができたら森田ひかるや山下瞳月にあてがって、手応えがない曲は、端役にまわしているように、どうしても感じてしまう……。
横森:逃げ道が用意されてるよね(笑)。納得いかないからCDは出さない、っていう選択肢はありえないから。
楠木:まあでも出さなきゃならないっていう強迫観念みたいなのはあったほうが絶対に良いとは思うけど。
島:センターはどうですか。村井優さん?
横森:演技はできそう。ダンスは……。
楠木:僕はまったくのノーマークで、良いとも悪いとも思ったことがないんですよね。印象に残っていない。櫻坂の3期だと、山下瞳月、村山美羽ですか。ここは別格だとしても、あとは小島凪紗、谷口愛季くらいしか印象になくて、でも二人ともこの作品にはいませんね(笑)。なぜだろう。アンダーの選抜をするようになったからかな。言葉が矛盾していますが。
横森:言われてみると、アンダーを選んでいるよね、明らかに。そもそも、アンダーとは言わないのか、グループによっては。
島:楽曲によって構成を考えるっていうなら、表題曲とアンダー楽曲でメンバーが被ったって良いわけですよね。
横森:でもそうすると、そのふたつに入らないメンバーがアンダーということになって、また別に楽曲が必要になるよ(笑)。
楠木:まあアンダーだの選抜だのって話題はこの楽曲だけではないんだけど、順序の狂いですか、表題作の選抜から決めないで同時にアンダーの構成も考えてしまうその意識って、楽曲制作にも引用できると思う。「Unhappy birthday」に「構文」をつけるというのは、インターネットで盛んに使われている「構文」とは順序が逆ですよね。インターネットで使われている「構文」は、一般化された、共通認識として新奇なものに向けたエスプリだと思うんだけど、「Unhappy birthday構文」というのは櫻坂46=若者の青春の屈託に秋元康が照らしたものなんでしょうから、この楽曲をもって既存の感情を新奇なものとして一般化することに励んでいるということです。要するに、インターネット上に「○○構文」が出現するその瞬間を欲しているわけです。すでに多くの人間に使用されて、意味を共有されている「構文」を借用しているわけではない。そう考えると、意欲的には見えます。
横森:凄いのが、若者の視点に立って物事を考えることで作詞ができちゃうって点だよ。秋元康ってやっぱり天才なんだろうな。
楠木:その「考える」ことで「作詞」するっていう点にも順序の狂いが出ているように見えるんだよね。音楽というのはそもそも音があって言葉が出てくるものだし、音楽を演奏する行為では本来的には言葉はそこに現れない。もちろん言語・言葉で音楽を生むことは半々にあり得るけれど。詞を書く=言葉を音楽に乗せるという行為が、原稿用紙に言葉を書く、文章を書くという行為と意味が重なると、どうしたって音と距離が開くと思うんだ。こうした距離を意図的に表現しているとは思わないけれど、表現してしまっている、問題に直面しているとして、だからといってその音楽に魅力があるかというと、そんなこともないんだなと、これを聴いてみて、思ってしまう。
島:僕も叱られるのを覚悟で言いますが、仮にこの『Unhappy birthday構文』のセンターが山下瞳月だった場合、楠木さんは絶賛するんじゃないのかっていうふうに予感してしまうんです。
楠木:その指摘に応じようとすると、意味合いが二つ生まれます。ひとつは、山下瞳月の才能を高く買っているからそれを後押ししたいというファン感情。もう一つは、山下瞳月がこれをセンターで踊った場合、作品の出来栄えがまったく変わるんじゃないかという点ですね。要するに後者のケースがあり得るから、そうした質問には直接答えることができないんですよ。だってアイドルは別にカラオケを興じているわけじゃないですからね。アイドルが歌って踊っている姿を眺めて初めて僕たちは楽曲を知るわけですから。歌詞にしても秋元康よりも早くアイドルからその詩情を伝えられているわけです。でも、批評家はそれができて当たり前だとも思いますけどね。ヘミングウェイがおもしろいことを言っていて、自分の短編が批評家から上々の評価をもらって世間的な認知と好評を得た段で、それに満足しつつ、これ以上の評価を得るには批評家の文章力のさらなる上達を待たなければならないと言うんですよ。この言い草には批評家の立場というか、あり方がよく出ていると思う。
「『空飛ぶ車』のMVを観る」
楠木:褒めるってことなら、僕は『空飛ぶ車』を推したい。楽曲も素晴らしいですが、映像作品ってことなら、ここ数年で一番良い。『君に叱られた』以来かな。とにかく設定にセンスがある。設定でグループアイドルを説明できているし、その魅力も出せている。才能のない作り手だと、セリフとかで説明しちゃうんだよね。今のアイドルのイメージってただ学校を映すだけじゃ足りなくて、それプラス修道院とかね、狭い世界、閉じた清楚な空間ですか、そういう空気感をあわせないと上手く立ち上がらないと思う。白い衣装を身につけた少女たちが集まって生活しているという設定は、すごくアイドル的に感じる。だれにでも発想できるアイデアに見えるかもしれないけど、実際に映像にしてみて、ここまで幻想的に作れる人はなかなかいないですよ。
島:アイドルシーンの特徴が出ているという点では僕も同じで、これを見て感じたのは、アイドル間の人間関係ですか、メンバーとメンバーがじゃれ合ったり、仲良しこよしがファン人気に強く影響するんでしょう?そういうものをどう作品にポジティブに取り込むのか、考えているように見えます。主人公一人だけが超能力を使えないという状況をネガティブには映さないで、笑顔で励まし合っているし、でも主人公の屈託もちゃんと出ているし…。
横森:凡庸な作り手だったらさ、大野愛実とか人気メンバーを何やらすごいパワーの使い手にしてみたり、序列闘争を設定してドラマを盛り上げようとしちゃうよね、きっと。
島:だからちょっと不気味なんですよね。皆がみんな素顔を隠しながら生活しているように見える。でもラストシーンで見事に、そうした僕の邪な視点はかき消されちゃう。
楠木:これは他の記事で語ったことだけど、やっぱり想像を膨らませていって、その想像が叶ったときに想像もしなかったことがようやくその身に起きるんだっていうのを描き出している点が素晴らしいんですね。松尾桜の演技もすごく良くて、宙に舞ったシーンの笑顔なんか比べるものがないですよ。アイドルになったばかりの新人がなんでいきなりこんな幻想的な演技ができるのかって、不思議で、才能にしたってね、これは驚きますよ。
2025/10/25  楠木かなえ

