2022年もっとも活躍したアイドルは?
「アイドルの可能性を考える 第十四回 2022年のMVPを決めよう 編」
メンバー
楠木:批評家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:カメラマン。早川聖来推し。
今年もっとも活躍したアイドルはだれか?雑談しつつ、刺激をもらいつつ…、考える。
「という問題、ひらがな問題」
横森:個人的には「早川聖来『センター』を検証する」を読んでみたい。中西アルノでも良いけど(笑)。
楠木:書くことがないわけじゃなくて、むしろ書きたいことは沢山あるんだけど、AKBの17期とかね、まだほとんど触れてない。ただ、ブログを書く時と仕事で書く時とで文体を変えているからね、そのスイッチの切り替えが億劫になってしまった。初期みたいに詩的に振る舞って書くことはもうないかもしれない。口語に寄せたほうが早く書けるから。
OLE:その辺は秋元康に通じるね(笑)。詩的にやるってすごくスタミナがいる。その割にはわけがわからないと言われるし(笑)。
楠木:江藤淳が、歳を重ねると文章が長くなる、と言っていたけれど、今なら理解できますね(笑)。1000文字の記事を書くとして、口語でだらだらと1000文字書くのは容易い。大変なのは、まず、1000文字書いたらそれを100文字に落とし込む。そうして編んだ100文字を10集めて1000にする。こういう書き方ってすごく体力が要る。『アイドルの値打ち』でよく「加筆」という表現を用いていますけど、実は、加筆とは言っても文章の量は殆どの場合変わらないんですね。ただ、編集しました、と書くことにはどこか抵抗があるというか。
OLE:最近の『アイドルの値打ち』を読んでいると、これはもう明らかに塩野七生だよね。福田和也ではなく。
楠木:『ローマ人の物語』のなかで古代ローマの登場人物を物語っていく際にどういった文体・スタイルにするか、考えたはずで、そこにはもちろん、どういう文体にすれば書き続けられるか、という自問も含まれていたはずです。一年に一冊、それを15年間ですか、続けた。そこにはきっと文体の力があったはずです。趣味とはいえ、アイドルを1000人批評するとなると、やはり文体をどうするか、考えなくてはならないし、僕の場合は書きながら調整している。ブログだからこそできることですね、これは。
OLE:塩野七生はなんていってもカエサルに恋をした人だから、カエサルの言葉に従順で、言葉が平易だよね。
楠木:ただ、初期の批評をおもしろいと言ってくれた読者もいるので、初期の記事はそのまま残しておこうという気持ちもあります。初期の記事はかなり独りよがりに書いていて稚拙に見えるんだけど、それをゆっくり少しずつ読んで理解しようとしてくれた人がいる。それはとても嬉しいことです。活字にされたものであればどんなにつまらない文章でも、これにはなにか意味があるはずだ、と読み進めることができる。商品として流通しているわけですからね。しかしどこのだれかもわからない個人のブログではそうはいかない。サイト解析ツールに、直帰率、滞在時間という項目があります。直帰率、これはサイトにアクセスしたユーザーがそのアクセスしたページを読んだあとに他のページにアクセスすることなくサイトを離れたことを示す数字ですね。直帰率が50%なら100人中50人は目当てのページだけ読んで帰っていった、ということになる。滞在時間は、文字通り、その記事がどれだけしっかりと読まれているか、を表している。僕のブログは一般的なブログよりもどちらの数字も良いらしい。どこのだれが書いているかもわからないブログであるのに、良く読まれている、ということですね。なぜそういうことが起きるのか、考えていくと、やはり一番は、自分の好きな「アイドル」のことをどう書いているのか、という興味、つまりアイドルの力にあるのだと思います。こういうところからもアイドルの魅力の強さ、威光を目の当たりにしてしまう。
OLE:「文体」を話題にするなら、俺は最近また「という」に悩まされてる(笑)。
島:それは……隘路ですね(笑)。
OLE:「という」はやっぱりとことん換言していくべきなのか、という。
楠木:リズムですよ。
OLE:目ざといからね、編集者は。自分のなかで闘う準備ができていないとなあ。
横森:俺なんか前に楠木君に「ひらがな」問題を突き付けて、見事にやりかえされたけど(笑)。
楠木:「力」と「ちから」とかね。「時」と「とき」とか、「強い」と「つよい」とか。同じ作品内では常用漢字の開閉を統一すべきっていうルール、刷り込みが業界にあるんだけど、くだらないよね。同じ作品内で混交しても良いし、統一することに美意識を見出すなら統一すればいい。そもそも漢字のひらきって文章を書いている瞬間にしか判断できないものなんだ。あとから整えるものじゃない。つまり「表現」をしている時間のなかでしか判断できないもの、なんだね。他者には絶対に理解できないもの、だね。まあ他者は他者で勝手に理解すればいいだけなんだけど。古井由吉なんか、とにかくめちゃくちゃだけど、作品として受容されているでしょう。じゃあこっちも許してよ、と思うけど(笑)。意味が正しく伝わるなら良い、とか、そこに意味がないなら直せ、とか、そういう問題ではないんだね。意味があろうがなかろうが、こっちは表現をしているわけだから。
OLE:野蛮ではあるけれど、天才にだけ許されるものがあるっていう刷り込みでもあるね。
「アイドルというのはロックだぜ!」
島:古井由吉は天才ですか。
OLE:まあ、論じるまでもない。
横森:幸福な作家だよね。
楠木:幸福……、おもしろいこと言うね。
島:今日本人で天才と呼べる小説家って村上春樹くらいですよね。
横森:ノーベル賞、ダメだったね。カズオ・イシグロが獲っちゃったからなあ。
OLE:カズオ・イシグロが獲れて村上春樹が受賞しない理由ははっきりしてる。所詮は作品からその「国」と「時代」が読めるかどうかでしょ。大江健三郎が獲れたのだって「日本人の猿真似根性」ってのが小説の内によく出ていたからだし、オルハン・パムクだって、政治の関心の需要を突いただけで、文章は全然ダメ。村上春樹は日本人よりもアメリカ人に人気あるからな。英語でまず書いてそれを日本語に自ら訳したりしているらしい。
横森:向こうに行って驚いたことがあるんだけどさ、バスに乗ったら隣の席のおばちゃんが村上春樹のハードカバーをバッグから取り出して読み始めたの。凄まじいね。そんな作家、日本人では初めてでしょ。
楠木:そういう、似たようなエピソード、よく聞く。
島:アイドルの「天才」を読むときって、作家なのか、音楽なのか。楠木さんは「作家」に寄せていますよね。
OLE:そもそも、そういう「枠」で見ていないよね。
楠木:島さんの好きなロックで例えるなら、ロック歌手の天才って往々にして紋切り型ですよね。陳腐でしかあり得ない、と云うべきか。歌うことが目的なのではなくて、生きる上で、自分のスタイルをつらぬく上で、その手段として歌がある。政治とか、世の中に対する不満がある、違和感がある、自分の生活を変えたい、という希望がある、だからそれを吐き出す、表現する、その手段が”彼”の場合は歌だった、というだけです。それをロックと呼ぶんだね。ロックがやりたいからマイクを握る、ギターを手に取る、というのはもはやロックではないし、天才にはなりえないんだね。目的を果たすための手段として、武器として、音楽を持っているのか、才能を持っているのか。そういう人間だけが生き生きとして見えるんだね。これは作家もアイドルも同じでしょう。コラボラトゥールを批評した福田和也が石原慎太郎を誰よりも高く評価するのは、やはり現代では稀有となった、作家の政治参加、という期待にあったんでしょう。
横森:そう考えると『好きというのはロックだぜ!』って勢いがあるね。
OLE:でもあれは恋愛の活力を借りているから抜けきらないんだよな。それなら『夜明けまで強がらなくてもいい』の方が良くできてる。
楠木:書き出しは本当に、引かれるところがあるんですけどね、『好きというのはロックだぜ!』には。秋元康って指原莉乃を見出したきっかけに「ブログ」を挙げているんですけど、その自分の言動に忠実に、現役のアイドルのブログをよく読んで、興味を持とうとしているんだろうね。賀喜遥香がブログに記した言葉をそのまま楽曲の書き出しに持ってくる大胆さも、秋元康の才能だとおもう。
島:でもこうやってアイドルシーンの出来事を「天才」とか「才能」の話題に寄せていくとなぜだか滑稽に思えてしまうんですよね。どうしても幼稚にしか思えないというか。
横森:アイドルって歌でも踊りでも演技でもなんでもいいけどさ、平均以上にできたらそれだけで「天才」ってファンから呼ばれちゃうからね。軽いんだよなあ。
OLE:普通の子を秋元康の筆力で高い才能を持った少女のように見せかける、で大金を稼ぐっていう、キャリアの錬金に今のアイドルの魅力があるんだよ。
楠木:「アイドル」が強いのは、やっぱり、天才じゃなくても天才に勝ち得る、って点でしょう。NGT48の『今日は負けでもいい』は秋元康作品のなかでも屈指で、傑作中の傑作だと思うんだけど、作品を演じたアイドルのなかに天才は一人もいないし、天才とまでいかなくても、高い才能を有した少女、これも一人もいません。平凡なアイドルしかいない。しかし作品そのものは、作品のなかで動くアイドルそのものは、とても素晴らしい。この点に、まさしく「可能性」を感じてしまう。天才がいなくても天才による作品と同等の、いや、それ以上のものが作れる。これはグループアイドルだけが偶会する、奇跡なのではないか、と。
OLE:(「一般人にオススメしたい、アイドルのミュージックビデオ ランキング」を読んで)『今日は負けでもいい』が2位は納得の順位だけど、『ブランコ』が3位なのはちょっと驚いたかな。正直、そこまでの作品ではないとおもう。
楠木:あれは映像作家が良いですよね。乃木坂のブレイクって映像作家に支えられて作られたものだと思っているので、それを一番象徴しているのが『ブランコ』を撮った伊藤衆人なのかな、と。作家の私情のなかで「アイドル」を語っているように見えますよね。アイドルを演じる少女に囚われているというか。そういうのが作品の内によく現れてる。
OLE:『アナスターシャ』はダメなんだね。
横森:あれも同じ監督だっけ?
OLE:うん。
楠木:『アナスターシャ』がダメなのは、まあブログのなかでダラダラと書いていますけど、それはほとんどどうでもよくて、要するに、私情を打ち出して作品を作ってきたことでファンに受けた、そうしたら次はそのファンの期待に応えようとする作品を作りはじめてしまったんだね。ファンが求めていることをやろう、と。その結晶が『アナスターシャ』なんでしょう。
OLE:堀未央奈がセンターだけど、これは佐々木琴子の曲だよね。そういうのを映像で表現できたら良かったのかもな。
楠木:作品つまり芸術の中において制約なんてものはどこにもありませんからね。誰が人気メンバーなのか、とか、誰を多く映さないといけない、とか、そういった現実的な働きの一切は、本当は無視できるんです。
横森:そうは言ってもどんな監督でも現実的な働きかけに負けるよね、絶対に(笑)。
楠木:そんなことはない。伊藤寧々のセンター曲で齋藤飛鳥を主人公として強く描いた作品もある。
横森:いや、それこそ現実的な働きかけに負けたんでしょ。
OLE:そこを問いかけても仕様がない。
楠木:肝要なことは、楽曲のセンターに選ばれた少女を無視して映像では違う少女を主役に置いた、という前例があるなら、その前例を駆使して開き直ってしまえばいいという点だね。そういう、枠組みを脱するひと、これもまた「天才」でしょう。
「今年もっとも活躍したアイドルは?」
楠木:前置きが長くなりましたが、今回のタイトルは「2022年のMVPを決めよう 編」と書こうかなと考えています。今年もっとも活躍したアイドル、をそれぞれ、挙げてもらおうかな、と。もちろん、これから期待するアイドルでもかまいません。今後に期待するということは今年なんらかの存在感を示した、ということですから。
島:中西アルノさん。齋藤飛鳥と遠藤さくらも好きですけど、どちらも今年は露出が少ないですよね。アイドルとロックを重ねてその魅力を探っていくと、やっぱり中西アルノは桁違いに感じる。彼女の自己限定な言動って今のアイドルそのものを表しちゃってる。『好きというのはロックだぜ!』のセンターこそ中西アルノで行くべきじゃなかったのか、反抗してしまいます。
OLE:俺も中西アルノかなあ。楠木君の久保史緒里評で書かれた、アイドルとアンファン・テリブルって考えがね、すごく影響を受けたというか動揺したというか、それがあったか、って。でアンファン・テリブルって言葉さ、中西アルノのためにあるような言葉に思えちゃうんだよな。楠木君自身、先に久保史緒里で消化しちゃったことを悔やんでいるんじゃないか(笑)。
楠木:僕は変わらず、筒井あやめ、です。トップレベルの人気はありませんよね、彼女。でも資質はトップレベルだと判断しているので、その乖離の幅に安直ですが可能性を見出してしまう。結局、グループアイドルを推す場合、この人がセンターに立つ場面を見てみたい、という憧憬に勝るものなんてほかにないんですよ、きっと。筒井あやめセンター、これはぜひ見てみたい。
横森:俺は当然早川聖来だね。「呼びかけ」のアイドルっていう新しいジャンルに立ってしまった……。
島:全員乃木坂ですけど、やっぱり読者も乃木坂ファンが多いんじゃないんですか。乃木坂の話題に興味がある人が。5期生の印象とか、またどうですか?
OLE:すごい人気だよね。
楠木:井上和なんて、アイドルを売り出す作り手がもう売れることを前提にしたウリ文句を作って売り出しているのがおもしろいですね。無意識に、です。おそらく。逸材感って意味じゃ長濱ねるに匹敵するか、それ以上かもしれない。であればまず間違いなく売れるでしょう、このひとは。アイドル卒業後に芸能界でどれだけやれるか、そういう水準ですね。
島:あとは…、菅原咲月も井上和に負けないくらい順調ですよね。
OLE:うん。
島:池田瑛紗さん。
横森:なんかなあ。嘘くさいんだよね、すべてが。言葉も表情も、文章も踊りも、大袈裟。日常的にあり得ない振る舞いの連続。
OLE:(笑)。
楠木:嘘くさいといえば4期の北川悠理だけど、北川悠理には好感情を抱くんだよね。とびきりに頭が冴えてるんだ、彼女は。あんなにIQの高いアイドル、ほかにいないんじゃないか。嘘くさい、って印象を、油断ならない、にすり替えてる。精神の領域が広いんだね。小説を書いてほしいな。
OLE:池田瑛紗ってしっかり考えて、それを実践して、しかもそれがウケている状態だよね。でもちょっとでもアイドルを意識的に眺めている人間からすれば、演技がヘタクソすぎるんだよな。もうすこし自然にやれないものか。子供が親のサイフから金盗んでそれがバレたときにさ、道で拾った、ってバレバレの嘘つくみたいな、それくらい演技が下手。
横森:演技が下手だと怒るじゃん、みんな。なんで怒るかって、俺はこいつに嘘をつかれている、って思うから。話を「ロック」に戻せば、アイドルがマイクになっていない、ってこと。
島:彼女のファンはそうしたケレン味を全部承知の上で、推しているんじゃないんですか。
OLE:嘘を作ることは仕方ないんだけど、その手段をもうすこし上手く考えなさいってことだね。自分を偽ることにアイドル自身が酔っちゃダメだ。
楠木:自分を偽る、といえば、日向坂の4期の正源司陽子のドキュメンタリーはすごく良かった。本当の自分をさらけ出したら嫌われた、だから素顔を他人にさらけ出すことに臆病になっている、らしい。僕が考えるアイドルの魅力を一刀両断するエピソードにおもう。自分の想像力のなさを思い知らされたというか、考えてみれば、そりゃそういうこともあるよなって。素顔をさらけ出すことが魅力になるって一貫して書いてきたけれど、そうした行為がひとを追い詰めることもあるんだっていう、当たり前のことを僕は忘れていたのか、はじめから知らなかったのか。アイドルの扉をひらいたばかりの少女に教えられたわけです。こういう経験はそのアイドルへの好感情につながってしまうでしょうね、きっと。そうした意味では、個人的な情動のなかでは、今年のMVPは文句なしに日向坂46・4期の正源司陽子です。
2022/10/24 楠木かなえ