乃木坂46の『チートデイ』を聴いた感想

乃木坂46, 座談会

(C)チートデイ ミュージックビデオ

「アイドルの可能性を考える 第四十二回」

メンバー
楠木:文芸批評家。映画脚本家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:カメラマン。早川聖来推し。

新しい書き手のなかには、読み手に深読みを強要させる小説にこそ文学性の濃さがあると錯覚している人が、ひとむかし前よりも増えてきたと思う。

宮本輝/文藝春秋(2013年9月号)

「『チートデイ』のミュージックビデオを観てみる」

OLE:これを撮るためにわざわざ海外まで行ったのだとしたら、贅沢だな。
楠木:『おひとりさま天国』と有機的に結びたかったんじゃないのかな。砂浜とか。
島:この歌詞なら湘南のほうが合っていますよね(笑)。
楠木:井上和にたいして韻を踏んでいるだけだから、設定は問題になりませんよ。
横森:韻じゃなくてカーブフィッティングに見える。
OLE:センターなんてそんなもんでしょう。
楠木:井上和にカーブフィッティングという言葉を使うことがカーブフィッティングだけどね。
横森:「よろしくチートデイ」はさすがに悪ふざけしすぎでしょ。
島:韻だろうがカーブフィッティングだろうが「おひとりさま」を代表した井上和がセンターなら、「僕」が主人公ではダメですよね。乃木坂の作り手は「君」を期待したんじゃないのかな。
横森:現代人の一端をくり抜くにしても、このアイドルじゃそれは担えないよ。世俗から最もかけ離れて見えるメンバーに「一般生活者」を担わせるって、無理がある。
島:しかしそれが「アイドル」を意味することになるべきですよ。社会を語ることでなんらかの反応として偶像が浮かび上がるなら、それをアイドルと呼べってことでしょう。
楠木:そもそも「チートデイ」は「現代人」に縛られるものではない。

OLE:ハズレか当たりなら、当たりだよ。
横森:良い曲だし、映像も工夫があって綺麗。しかし、なんか疲れるんだよね。『車道側』も同じ。『おひとりさま天国』はそうでもなかった。
楠木:疲れるかな?『車道側』は疲れたけど、これは疲れないよ。だからダメなんだと思う。
OLE:まあ『車道側』と比べると一段か二段、下がるかな。
楠木:いつの時代に眺めても共感できるものがなきゃだめですよね。『車道側』のミュージックビデオにはそれがあった。『チートデイ』の映像にもあるにはある。過去の作品からいろんな要素を引っ張ってきて、それをつなぎ合わせて構成したような映像だから、そりゃ共感できるシーンが生まれるよね、というだけではあるんだけど。
横森:引用を探す面白さがあるから、コアなアイドルファンだと自負している人間ほど評価することになる。

OLE:引用というよりはインスパイアに見える。作家が意識せずに取り入れているもののほうが多い気がする。
楠木:石原慎太郎が三島由紀夫に文章を注意されたとき、石原慎太郎は「これはあなたの文章を真似したんですけどね」というようなことを言って煙に巻く。そうしたウィットとは別に、引用にしてもインスパイアにしても、自分の作品に言い訳が効くというのは、甘えにつながるんですよ。

横森:小説、音楽、演劇。芸術全般、創作するうえで生き残ったのは「引用」だけだからね。引用をせずになにかを作れって言われても、それはもう誰にもできない。
楠木:楽曲は、かなり魅力を感じる。アイドルだけができることをやっている。ただその長所が映像によって弱点に裏返されている。たとえば『おひとりさま天国』とまったく同じで、アイドルが「アイドル」を表現しているだけなんだよね、これは。アイドルの魅力を再確認するためだけに用意された作品にしか見えない。でもこの映像を眺める人間って、アイドルをすでに深く知っている人間なので。その現実から逃げているのか、まさか気づいていないのか……。どちらにしても、映像世界の内から、持ち帰ろうと思うものが一つもありません。その意味では、アイドルシーンの問題が全部出ていると云えるかもしれません。じゃあ点数を付けるなら何点かと問われたら、文句なしに80点を超える良作だと思う。それもふくめて問題なんだ。
島:言われてみれば、タイトルによって外された「アイドル」が、映像によって連れ戻されていますね。要は、自分が正しいことを証明するために作品を撮っているんですね。
横森:それができるからこそ、この監督は人気があるんだろう。ただ今回は自己模倣で持ち味が消えてる。
OLE:『ブランコ』だよね。現地で小道具を集めたっていう制作上のエピソードが今回そのまま作品に活かされてる。でも、ちょっと小道具に執着しすぎかな。宇多田ヒカルの『Automatic』は黄色のソファひとつだけだからね(笑)。時代が違うとはいえ、見習うべきところは見習わなきゃな。
楠木:似たような指摘として「ドラマ」がありますね。映像作品をつくるということは、フィクションを作ることだという認識への誤解、浅薄が、ミュージックビデオをドラマティックにしなければならないという強迫観念を生んでいる。こんなものは、100年前にパリで語り尽くされた話題ですが。
OLE:でも『おひとりさま天国』のときは、ドラマを妄想したよね、俺たち(笑)。
楠木:たしかに(笑)。

横森:仕事をしなきゃならないから、ドラマを入れるんだよ。乃木坂からのオファーだけで生活が成り立つなら、それで良しと考えているんじゃないのかな。
島:演者、アイドルについてはどうですか?
楠木:僕は、やっぱり、五百城茉央に注目してしまう。看板を取り付けるシーンの彼女の表情って、特徴的なのに、普段からよく見かける表情なんですね。日常を作品の世界に持ち込んでいるということだけれど、やろうとおもってもそれは普通できないから。逆は簡単です。日常的には見せない表情を作品世界に描き出すことは、実は容易い。自分の日常を作品世界に溶かし込むことに成功した女優の代表格が樹木希林ですが、この名前を出すだけでも、その演技の難易度と魅力の高さが伝わるんじゃないかな。


2024/08/17  楠木かなえ