僕が見たかった青空の『視線のラブレター』を聴いた感想

「アイドルの可能性を考える 第五十六回」
メンバー
楠木:文芸批評家。映画脚本家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:写真家・カメラマン。
「『視線のラブレター』のMVを観る」
OLE:センターを代えてみたものの、作品は代わり映えしない。
横森:単純に、作品の体系に目新しさがない。意味も通ってない。
OLE:意味がどうだとか言う前に、楽曲の魅力を伝えるって点で物足りないかな。
島:ファンの声を見てみると、映像の構成が一部のメンバーに偏っている点に非難が集中している。
OLE:よく見る光景だね。
島:こういうのってアイドル特有の幼稚さですよね。
横森:むしろそこが唯一の救いじゃないかな。出来はともかく、こだわりは持っているってことだから。作り手が自分を曲げないでやれば、それでもうアートだから。ファンの声に従うなら、それはエンタメ。
OLE:このグループが今いちばん欲しいのは「人気」だよ。
横森:信念を曲げて手にする人気なんて長続きしないよ。自分のやりたいことと、ファンが欲することを一致させるのがプロだから。まず自分たちのこだわりを打ち出さなきゃ、始まらない。
OLE:それはそうだけど、順番の問題ではなく、要はバランスの問題でしょう。
楠木:やりたいことをやる、これは口で言うのは簡単だけれど、実際にはものすごくむずかしい試みです。だって自分の本音は騙せないからね。たとえば櫻坂46なら、山下瞳月がセンターではないときに、MV制作に際して彼女のことをどう扱うべきか、考えてしまうようなら、もうその時点でそれはアートから遠ざかってしまっている。アートであるなら、そもそも作品を世に提示する必要はない。芸術は、誇張することから始まりますが、誇張は、基本的に恥ずかしさを伴います。恥ずかしいと思うのであれば、それはだれかに作品を見せるという前提に立っているからです。でもそういう意識も、ある場合には芸術を育むからね。
島:アートとエンタメの話題は、もうずっと同じところをぐるぐると回っているだけな気がする(笑)。歩み寄り、解決が不可能って意味では、やっぱりバランスなんですよ。
横森:芸能界にしてもアイドルシーンにしてもさ、すごく狭い世界じゃない?”僕青”はその狭い世界ですら渡り歩こうっていう気概がなくなって、局所的になった気がする。杉浦英恋とかさ、センターに選ばれたときに嬉しそうなんだよね。そこに気分の狭さを見ちゃう。でもそれはアート的なものではない。
楠木:センターに選ばれて、嬉しそうに笑うアイドルって好感を持てるけどね、僕は。加藤史帆とか、あとは、すこし違うけれど、賀喜遥香も。今はもう大人になって考えが変わったかもしれないけど、初めてセンターに選ばれたときには、センターは目指すべき場所だと言っていたからね。僕はそういう人のほうが好き。
横森:八木仁愛はセンターに選ばれて、もうハッキリと、嫌だって顔をしたじゃない。そのあともセンターに立ちつづけて、作り手の意志もあるんだろうけどさ、自分がグループをなんとかしようっていう気概があるから、笑えないし、嬉しくない。でも杉浦英恋は「嬉しい」なんだよね。だからすごく狭い場所に落ち着いたように感じる。まあ、どっちにしたってもう笑うしかない、ということなんだろうけど。
OLE:現状は、ダンスや歌を練習して、ライブやって、汗かいて、涙を流しあって、それで満足しちゃうグループだね。まあこれはAKBなんかも似たような状況かな。
楠木:でも現実に直面しているはずですけどね。職業としてアイドルをやるってことですから、じゃあやっぱり銭金の問題って出てくると思うんです。しっかり働いて、金を稼いで、生活を成り立たせる。東京で、夢に見たように金が稼げていないのであれば、やっぱり現実を痛感するんじゃないのか。これは作家も同じですね。小説家だ批評家だなんだ名乗ってみたってね、それで食えてなきゃ仕様がないんで。
横森:SNSとかさ、小さい世界でチヤホヤされてそれで満足してもね。
OLE:エコーチェンバーなんて言葉もあるからね(笑)。
楠木:このグループの特徴というか、現在の心境ですか、このグループは作り手もふくめてまだまだ客観的な部分が弱いんですね。アイドルをつくるということに夢中になっているから。文章で例えるとわかりやすいですが、文章というのは、それを書いている瞬間、またそれを書き上げた瞬間は、自分のなかでどういったことを伝えようとしているのかはっきりと自覚できる。言葉の意味を、その文章を読んで、理解できる。詩的に書いてみたり、比喩を使ってみたり、その全てが自分のなかで説明できる状態にある。それは寝て朝起きても、まあ変わらないでしょう。でも一週間なり、一ヶ月なり時間を置いてからあらためて自分の文章を読んでみると、意味が通っていないように感じてくる。自分がなにを言いたかったのか、わからなくなる。でも、そこに書かれている呪文のような言葉には、たしかに意味を込めたという自覚がある。それを直すのか、自分の感情の鮮度を信じてそのままにするのか。”僕青”の音楽は、この「信じる」というのがあると思う。繰り返し、辛抱強く聴けば、自然と音楽を口ずさむようになる、そういう曲が多い。『視線のラブレター』にもそういうタフな部分があるように感じる。だから、レッスンを重ねて、音楽を自分なりに解釈して表現するって段階までたどり着いているアイドルたち本人にしてみれば、良い曲なのになんでこんなに反響が少ないんだろうと、より屈託してしまうんじゃないのかな。
島:肝心のアイドルのパフォーマンスはどうですか。
横森:八木仁愛は言うまでもなく、この作品だと持永真奈が素晴らしいね。貫禄がある。
楠木:持永真奈って、相当上手いよね、ダンス。
OLE:そのふたりは踊りが悠長だね。ほかのメンバーはまだまだ踊りへの意気込みが強すぎて表情が硬い。
楠木:音楽を表現しようという意識で身体が動いているので、だから表現が甘くなるんでしょうね。音楽への反応が薄いように感じる。杉浦英恋は、これまでと比べると、誇張が控えめになったかな。でも良さは消えていないし、成長しているように見える。
横森:あとは単純に、全体的にスタミナがない。
楠木:僕は息切れしても良いと思うんだけどね。だめなのは、それを笑顔などで隠そうとして、不細工な、気味の悪い顔を描き出してしまうことだよ。
島:踊りは日常の所作であるべきだっていう楠木さんの目線で語れば、八木仁愛と持永真奈ですか、たしかにこのふたりは日常ではあり得ない動きを日常的に見せているから、華麗さがありますね。
楠木:華麗と言えば、吉本此那って途轍もなく綺麗になったよね。ブラッシュアップなんて言ったら時代錯誤だなんだ言われそうだけど。デビュー時と比べると、すごく垢抜けた。
OLE:乃木坂のライバルって設定を思い出すと、このアイドルは唯一、乃木坂の美と渡り合っているね。
横森:しかしファーストを除けばすべて恋愛ソングなんだよな。
島:それって問題になりますか?ミスチルだってほとんど恋愛ソングですよ(笑)。
楠木:僕は最近とくに強く思うんだけど、大事なのはシチュエーションなんじゃないかって。パーカーは『ボルドー』のなかで、どんな高価なワインでもシチュエーションがつくる味には勝てない、と言っている。たとえばヘミングウェイが小説のテーマに戦争を取り込みつづけたのは、戦場で敵軍から市街地を解放した日に、その街のバーで仲間と飲んだ酒の味がどうしても忘れられなかったから。人生の醍醐味ってシチュエーションにあるんだよ。夢や希望、恋愛などのふへんのテーマを歌うにしても、シチュエーションは様々に変えられる。シチュエーションによって音楽の広がり、深さ、魅力が変わるんじゃないか。たとえば日向坂の『シーラカンス』はシチュエーションが素晴らしいよね。通り雨が降ってきて、カフェのテントで雨宿りする。隣に知らない女性がいて、しばらく一緒に雨宿りすることになる。女性は、手に傘を持っている。恋愛を歌うなら、そうした神秘的なシチュエーション=アイデアが必要なんじゃないか。
OLE:恋愛ソングを繰り返し歌うのは、「アイドル」に恋をしてもらいたいっていう想いが強くあるからじゃないか。「人気」を上げるにはアイドルと仮想恋愛をしてもらうのが手っ取り早いからね。
楠木:それはあると思います。結局、つきつめちゃえば、アイドルにもっとも真剣になるファンって、アイドルに恋をする人間だと思うので。アイドルに救済されるなんてことが起こり得るのだとすれば、それは間違いなくアイドルに恋をしている人間の内に起こる出来事でしょう。アイドルに「救済」があるのか、問うなら、たとえば人生に絶望している、わかりやすく云えば、余命宣告を受けた、もっとわかりやすく言えば、病気で苦しんでいる、激痛のなかでアイドルのことを考え、心が和らぐのかということです。激痛のなかで家族や恋人の手を握りしめることは、緩和になる。それがアイドルに起こし得るのかということですが、起こるとすれば、それはやはり、アイドルに恋をしているファンとのあいだでということになるんじゃないか。こういう感慨はかなり月並みですが……。死を前にした絶望から逃げることができる人間なんていないと思うんです。それまでに生きてきたことのすべてを転向してでも何かにすがりたくなるんじゃないか。要するに「死」にたいして、真剣にならない人間なんていないんじゃないか。だからそういう部分でアイドルを語れば良いんじゃないかということです。
横森:正岡子規なんかはさ、死を間近にした絶望のなかでも詩を書きつづけたわけでしょう。激しい腹痛に襲われたときに、仕事をしようと思えるのかってことだね。俺にはできない。でも、できる人間もいる。その意思を支えるものはなにかってことだね。アイドル諸君は、その「支え」になることが使命ってことになるんだろう。
2025/08/10 楠木かなえ