乃木坂46 日常 評判記

のぎざか, 楽曲

(C) 日常 ミュージックビデオ

「日常」

歌詞、楽曲、ライブ表現について、

22枚目シングルのアンダー楽曲。センターで踊るのは北野日奈子。
アイドルの魅力を探る際のアイテムでもある「日常」がそのままタイトルに付されたことから、作詞家が、「アイドル」を通さなければ見えないもの、を語ろうとしているのではないかと想像させる、またそのとおり、アイドルを演じる少女の日常の機微を撃った、意欲作。
書き出しを読むに、これは「日常」を、たとえば、アンリ・ベルクソン的な、未来を喰っていく過去の捉えがたい進行、として描き出したようである。過去と未来が交錯する時間の中心点、つまり現在=日常を、「列車」に喩えつつ、物語っている。自身の意思とは無関係に、決められた方角に移動する列車からの脱出を、自己超克に喩えてみたり、列車の乗客をターミナルキャラクターと扱い万能感に浸る主人公の横顔には、作詞家のイノセンスがよく現れているようにおもう。
おもしろいのは、『君の名は希望』が代表するように、とにかく行動をしない僕、同じ場所に座ったままなにかが起きるのをジッと待っている僕、をこれまでにくり返し描いてきた作詞家が、今作ではその「僕」の葛藤に焦点を絞った、着手した、という点である。これにはたしかにスリルがある。なによりも、作詞家自身が、自身の日常を物語ることで、その胎動からの移動つまり列車の揺れが乃木坂46のアンダーメンバーが作り上げる「アイドル」の心象風景とリンクしている点に興趣をそそられる。
この列車に揺られる主人公とは、アイドルを演じる少女(アンダーメンバー)の横顔であると同時に、当然、作詞家自身でもある、ということだ。
作詞家の、自身の日常の写実が、アイドルを演じる少女の横顔をノートにそのまま写すことになった。そこに見出すのは、アンダーメンバーに求められるであろうアイドルとしてのストーリー展開、つまり可能性の幅を押し広げる、自己の超克の物語とは、あくまでもアイドルを演じる少女の自発的能動性に依存するのだ、という、AKB48を立ち上げた当時となんら変わることのない、イデオロギーの明快さであり、その私情の爆発した詩情に呼応するように、センターで踊るメンバーが自身の抱え込む屈託をステージの上で爆発させるという、楽曲の物語化を叶え「アンダー」のひとつの境地を捉えた点からも、今楽曲は乃木坂46・アンダーのマスターピースと呼べるかもしれない。

映像作品について、

アイドルへの解釈としての瑕疵、粗が目立つ。アイドルを語ることに不慣れなのか、未熟さを隠しきれていない。だが、提示された未熟な映像自体がアンダーメンバーの不完全さに自然と重なり合うようにも見える。視野が大きく組み替えられるような、倒錯した止揚が起きている。
ある「眠りの儀式」を描いた、アイドルの日常の寓話、と云うべきだろうか。果実は、少女たちが今いる場所から別の場所へ旅立つための入り口、であり、言わば「空扉」をひらくための鍵である、らしい。果実を食べ眠ることでどこへ往くのか、眠りから覚めた岩本蓮加が何処から舞い戻ってきたのか。入れ替えに眠った北野日奈子の横顔を眺めれば、眠りのさきに待つ世界がアンダーメンバーにとってどのような場所なのか、想像することは容易だろう。また仮に、この青い果実を”禁断の果実”として表現しているのであれば、そこから抜け出すことは、彼女たちとって禁忌となってしまう。ぬけがけは許されない、ということだ。これをアイドルの日常にかさねてみれば興味深いアイロニーと機能するのではないか。

 

総合評価 68点

再聴に値する作品

(評価内訳)

楽曲 14点 歌詞 13

ボーカル 12点 ライブ・映像 16点

情動感染 13点

歌唱メンバー:伊藤かりん、伊藤純奈、岩本蓮加、川後陽菜、北野日奈子、久保史緒里、阪口珠美、佐々木琴子、鈴木絢音、寺田蘭世、中田花奈、中村麗乃、樋口日奈、向井葉月、山崎伶奈、吉田綾乃クリスティー、渡辺みり愛、和田まあや

作詞:秋元康 作曲: Akira Sunset、野口大志  編曲:Akira Sunset、野口大志

 

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