乃木坂46 中田花奈 評価

乃木坂46

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「村上龍のパロディ(凋落がコンセプト)」

 

他人の傷つきやすさや、壊れかけた心に共感し、手を差し伸べることのできる人物である。ファンの前では語られることが決してないような、中田花奈の存在によって救済されたアイドルの「エピソード」もきっと多いのだろう、と想像する。
しかし、今日、与えられたテーマに対しウィットに富んだ返答をするわけでもなく、ただ弛緩した口元から笑みをこぼし、黒人の猿真似をしただけの、一知半解な”ラップモドキ”をラジオから垂れ流す中田花奈をアイドルファンはどうみるだろうか。
常にグループの最前線の「三歩後を歩みながら」、アイドル界の「トップランナーを気取ってきた流行人=田舎者の運命の当然の帰結と見るか。あるいは一時の気の迷いと見る」べきか。(1*)ファンからの批判を『素人にはわからない世界だから』と斬り捨てるのは、同じ業界人からみれば滑稽でしかない。アイドルのコンテンツを社会批評をするための(日常で蓄積した鬱憤を晴らすための)道具にするという愚の退屈さと自己欺瞞に耐えきれずにファンは、少しずつだが、しかし確実に中田花奈の元を離れていくのである。

自己投影という言葉がある。

自らの内にあるが認めたくない性質や感情を、自分ではなく他の人あるいは物にあるかのように無意識に感じてしまうことを意味する語。 (日本語表現辞典 Weblio辞書)

中田花奈の場合、その対象は他でもない自身のファンである(或いは、自身のファンだと錯覚している存在)。
中田花奈がファンに吐く言葉の数々はすべて自らの内にあるが認めたくない性質や感情なのである。

いずれにしろ、グループ立ち上げ時から乃木坂46を背負ってきたつもりの中田花奈は、「現在の意識に忠実であろうとすればするほど醜悪かつ滑稽にみえるという逆説に陥っている。しかもその逆説に本人がまったく気付いていない」。(*2)
業界人としての生活を維持するために、生来の資質を都会のコンクリートに投げつけて毀し、酒の力に頼って、足元に水たまりを作って溺れてしまうのは、私たちが身を置くこの世界では、隘路へ迷い込む人間の典型ではないか。
それとも、”落ちていくアイドル”という自己愛に満ちた標榜の堅持に固執しているのか。

ライブパフォーマンスについては相笠萌に対する評価と変わらず、如何にダンスの技術があっても、それを表現の領域に到達させることができないのであれば、評価へと導くこともまた、不可能である。
歌が上手くても、ダンスの技術が高くても、それだけでは観者の心を揺さぶることはできない。このダンスへの取り組み方、姿勢こそが、アイドル中田花奈の勘違いの象徴なのかもしれない。

 

総合評価 27点

推していることは秘密にしたほうが良い人物

(評価内訳)

ビジュアル 5点 ライブ表現 9点

演劇表現 3点 バラエティ 8点

情動感染 2点

・乃木坂46 活動期間 2011年~
引用:(*1)(*2)福田和也「作家の値うち」

評価点数の見方