乃木坂46の『ネーブルオレンジ』を聴いた感想など

「アイドルの可能性を考える 第五十二回」
メンバー
楠木:文芸批評家。映画脚本家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:写真家・カメラマン。
「『ネーブルオレンジ』の感想」
島:今日は久しぶりに「アイドル」をやります。各グループの新作をあらためて見ていきましょう。まずは乃木坂の『ネーブルオレンジ』です。
OLE:これは『夏のDestination』だね(笑)。手応えがあったんだな、秋元康。
横森:五感が働いてる。
島:ミュージックビデオはどうですか。乃木坂では新しい作家のようですが。
楠木:アイドルを外側から眺める人間の大衆イメージがよく出ていると思います。乃木坂46イコール電車なんだね、やはり。土地という意味では、生まれや育ち、境遇の異なる少女が一箇所に集うというイメージもおなじで、教科書的と言えば教科書的です。アイドルをデオドラントに描いている点も。ただ、キャリアの豊富なアイドルがズラッと並んでいるので、いまさらこの手の現実的な印象を持ち込んでも、アイドルファンは首をかしげるかもね。こういうアイデアは、デビューしたばかりのアイドル、今なら、6期生に渡したほうが良かったんじゃないかな。
島:アイドルを穢してはならないって気持ちが映像に透けていますよね。
楠木:『何度目の青空か?』はアイドルを穢していて、僕は好きですね。白石麻衣とか西野七瀬をああいうふうに末端的に描けたのは、あれが最初で最後じゃないのかな。
横森:「歩道橋」を「電車」に替えただけでアイデアがないよ。『歩道橋』のミュージックビデオと比べれば、こっちのほうが格段に良いけど。
OLE:音楽の中にドラマを落とさない。これはファンへの配慮なんだろうか。時代風潮と言うべきか。
横森:秋元康だけは抗ってるよね、そういうのに。
OLE:裂け目ができてる。詩と映像で。
楠木:ドラマで音楽を表現する。音楽でドラマを表現する。後者は比較的容易ですが、前者は大変ですよ。秋元康は自分の青春を回想することと、青春の理想や屈託を想像することでアイドルを語れてしまうので、やっぱりすごいと思います。映像作家の場合は、もっと全体的な部分、つまり作風で自己を語るということになります。たとえば、横堀光範や伊藤衆人などが一頭抜いた存在だと思います。『ブランコ』のメトロイドヴァニアとかね、個性と想像力がある。池田一真は別格で、他者に譲らないスタイルを持っています。踊りをもってアイドルの神秘性みたいなものを表現したいなら池田一真に頼めばいい。『最後のTight Hug』が撮れるのは池田一真だけです。
OLE:それで、だれもかれも池田一真を真似しちゃう。
楠木:実は、真似をした作品のほうが純粋であったりします。純文学小説の「純」はそういうところに見いだせる。日本の近代小説はフランス文学の真似ごとでしかありませんが、海外の作品に憧れて、真似をすることで、日本の作家は小説に純粋になったということですね。フランスの作家は、あくまでも「社交」として小説があっただけなので。アイドルでいえば、池田瑛紗はこの種の「純」をもっていますよ。
島:これ、賀喜遥香がこれ以上ないくらい綺麗に撮れてますよね。
楠木:奥田いろはも。ほんとうに眠っているように見える。それはやはり、寝顔がうつくしいからだと思う。
OLE:くだらないと言えばくだらないが、アイドルのMVって、結局は、アイドルをどれだけ美しく撮れるかって点に監督の手腕がかかってくる。乃木坂の場合は特に。
横森:これは前にも話題に挙がったはずだけど、遠藤さくらを美しく映せる監督は才能がある。遠藤さくらが、作り手にハードルを課している。井上和なんかは綺麗に撮れて当たり前だから。
「『UDAGAWA GENERATION』の感想」
島:次は『UDAGAWA GENERATION』。僕はこれ、タイトルがすごく良いと思う。
OLE:『BAN』だよね、これ。
島:これはロックではなくパンクです、どちらかと言えば。アイドルがめちゃくちゃやるから面白いという意味で、パンクです。タイトルは要するに、楠木さんがよく言うように、ノスタルジーですが、欅坂ではなく櫻坂なんだと訴えているから、錯誤しています。そういう青い部分がパンクに感じる。
楠木:ややこしいですが、森田ひかるが櫻坂の作風を決めるなかで、その森田ひかるの内に欅坂時代の音楽のモチーフがしっかりと残っているということですね。それをそのまま作品として表現している。
OLE:宇田川である必要はべつにないんだ、固有の街であれば。若者がそこを歩いていさえすれば。それを眺めて過去をなつかしむことが、若者の思惟を覗くことになる。
島:いや、宇田川って点が大事なんでしょう、秋元康にとっては。
OLE:そこにこだわってしまうと、音楽が社会批評の道具になっちゃうよ。
横森:その種の快楽を誤魔化そうともしていないように見えるけどね。作詞家だけじゃなくて映像作家も。たとえば、この仮装は、音楽の盛り上がる部分を教えているわけでしょう?
楠木:大人への反抗というのは、要は若者の夢とか青春をくり抜くことであって、社会批評ではないはずです。もちろん詩ですから、どう読んでも構いませんが。ただ、社会批評をやりだすと、退屈だと云うのはわかります。恋愛小説の中で政治は語るな、というのと同じで。
島:「宇田川」と書くのは、要するに写実ですよね。
楠木:「桜」ではなく「桜の花びら」ですからね、秋元康にとってのアイドルは。舞い落ちたり、舞い上がったり。「月」と書くよりも「東京の月」と書いたほうが、場景は伝えやすい。アイドルの存在を看過するなら「桜」と書けば良い。でもそこで「桜の花びら」と書くんだから、アイドルを音楽に落とし込んでいるんですよ。
横森:振付師にすればこの構成を一作で崩すのは嫌だろうね。アイドルの成長を間近で見てきているわけでしょ。成長させてきたとも云えるだろうし、この水準まで達したら、このままいくつか作品をつくりたいと考えるのが、本音なんじゃないかな。
OLE:守屋麗奈がここまで踊れるようになるとは想像できなかった。
楠木:演技もできますよね。
OLE:新人は大変だろうな、ここに加われって言われても(笑)。SKEよりハードルが高いかも。
楠木:新人だと、僕はこのグループがいちばん楽しみですね。やっぱりこのグループは音楽を支えにしているので。新人のアイドルがどういう作風を出現させるのか、期待があります。平手友梨奈、森田ひかる、山下瞳月の次にどんな才能が現れるのか、世代がしっかりとあるし、いまから楽しみです。
「『恋は倍速』の感想」
島:”僕青”の『恋は倍速』は、一転して写実がありません。
横森:私情がないよね。
OLE:言葉を切り貼りしてるよね、これ。完成度は高いんだけど、作業的でもある。
楠木:衣装をもっと考えないと。足は露出しないほうが良い。膝なんか特に。みんながみんな八木仁愛くらいスタイリッシュなら問題ないんだけど……。SKEのメンバーを見れば一目瞭然ですが、踊りを鍛えるってことは、美しさは美しさでも、アイドル的なものからどんどん離れていくから。
OLE:そう言われると、坂道はそのあたりよく考えているんだな。
楠木:アイドルは踊り子ですから、ダンスを鍛えるのは当たり前です。でもそれで美しさをスポイルしたら元も子もない。『恋は倍速』を間近で眺める機会がありましたが、アイドルの生身の部分が目立っていて、音楽に集中できなかった。これだけ踊れるなら、衣装を変えるだけで見違えて良くなるはず。
横森:ダンスナンバーだから、美しさってのはいらないんじゃない?
島:でもこの楽曲は恋愛ソングですよ。
楠木:「恋愛」を歌い踊ろうってときに美しさを捨てたら本末転倒だと思うけど……。
OLE:八木仁愛だけ本当に一人突き抜けちゃってるんだよね。
楠木:ドキュメンタリーを観ていたら、柳堀花怜がボイストレーナーだかなんかに、もっと周りを見ろ、みたいなことを指摘されていて、その瞬間の動揺している表情が、すごくおもしろかった。向こう見ずなところを看破されたんですね。でも、向こう見ずなままで良いと思うけどな、彼女は。長所であり短所である、ってタレントってことですよ、それは。もちろん八木仁愛のタレントがずば抜けているのは間違いないですが。
島:自分にしかできないことっていうのを、持っている、自覚している人は強いですよね。自分にとっての長所が他人から見て短所であるなら、それは武器になりますよ。
楠木:僕が小説を批評する際によく言っていたのは、小説にしかできないことをやっているのか、ということです。これはほかのジャンルでも同じだと思う。アイドルにしかできないことをやっているのか。”僕青”にしかできないことをやっているのか。たとえば『サイレントマジョリティー』は平手友梨奈にしかできないことをやっている。『UDAGAWA GENERATION』は森田ひかるにしかできない。『恋は倍速』を見るに、八木仁愛にしかできないことを、今、模索しているように感じるので、その点では期待がもてる。
2025/03/31 楠木かなえ