「楠木かなえ」が考える、平成のアイドル ベスト”選抜”

「シーンに新たな枠組みを作り上げた少女たち」
夢を見ることは時には孤独にもなるよ 誰もいない道を進むんだ
秋元康 / サイレントマジョリティー
平成年間にデビューしたアイドルを机に並べ、最高の16人を選んでみようと、また遊び心を宿した。ならば、平成のアイドルの歴史をAKB48に絡めながら叙述するべきだと考えたが、途中、書きながら、これはまたかなり退屈な文章になってしまったな、と吐息をつき、結局、手を止めてしまった。目的は、別のところにある。
AKB48ひいては乃木坂46の魅力を一言で云えば、少女ゆえの幼稚さ、つまり、少女ゆえの成長への可能性、ということになるだろう。この「幼稚さ」をアイドルシーンにはじめて落とし込んだのが宝塚少女歌劇を立ち上げた小林一三である。プールを改築した仮設のステージで踊っていた宝塚の少女たちが帝国の舞台にいよいよ立とうという日、小林は、ほんとうにこの未熟な少女たちを帝国の舞台にあげていいものなのか、逡巡した。けれど、未熟である少女だけが表現し得る輝きもあるのではないか、可能性のごときに思い至り、覚悟を決めた。この瞬間に、アイドルとは成長物語だとする今日のアイドル観の萌芽がある。アイドルが儚いのは当たり前である。成長してしまえば、その魅力のほとんどが、朝露のように全身から消えてなくなってしまうのだから。
この「アイドル」に値打ちを付けてきたのが『アイドルの値打ち』なのだが、読者から寄せられた、評判記への反応を眺めていると、「人気に囚われない公正な評価」といった声を頂戴することが多々ある。その種の褒辞、あるいは皮肉は、すくなからず私を困惑させる。なぜなら私は、アイドルを評価する際には、「人気」をきわめて有効な物差しとして、少女たちの横に置いているからだ。人気者になる少女にはなにがしかの魅力がある、という前提を、私は崩さない。人気があるのにはかならず理由がある。その理由を自分の言葉のなかで見つけ、価値をつくる。もちろん、才能も、実力も、なにも持たないのに人気だけはある、そんなアイドルがいることも、否定できない。その逆も然り。そうした存在を白日の下に晒すことにもまた批評の役目があるのだろう。
だが、古今東西、真に魅力のある作品、真に才能のある人物とは、遅かれ早かれ、大衆の目を引き、公的な認知を受けることが、文芸の常である。大衆受けの良いものにかぎる、と言っているのではない。好事家に受ける、息の長い、質の良いものは、最終的には大衆にもその存在、価値が認められる、というだけのことだ。
ではどういった作品が、どういった人物が、大衆に認められるのか。それはやはり「天才」ということになるのだろう。ではどういった存在を「天才」と呼ぶのか。天才を定義することはやはりむずかしいが、その意味のひとつに、ある特定のジャンルにおいてあたらしい枠組みを作り出したか否か、という条件があることはまず間違いない。
以下に、平成のトップアイドルとして、思いつくかぎりの名を列記したが、彼女たちの名を眺め、それが当たり障りのないリストに感じるとすれば、それは大きな誤解だということである。令和になった今、彼女たちのことを陳腐に感じれば感じるほど、彼女たちがいかに天与に恵まれ、大衆に認知されているかを裏付ける結果になるからだ。
この、大衆によって語り尽くされたアイドルのことを、また私自身も「アイドルの値打ち」をとおして度々文章に起こしてきたアイドルたちのことをあらためて語る目的は、ひとつしかない。トップアイドルたちが、個々に、それぞれ作り上げた枠組みをとらえることで、これから先、無数に出遭うであろう少女たち、次世代アイドルの魅力の発見に役立てようという魂胆である。過去のアイドルの才能を言葉にして表す行為は、アイドル観をじかに養ってくれる。なぜ人気があったのか、なぜあれほどまでにファンを熱狂させたのか、考え、生み出した自分なりの価値観は、次世代アイドルの内に眠っている魅力の発見を手伝ってくれるはずだ。
文章を書いていると、知らず識らずのうちに、ひとつのパターンに落とし込んで語ってしまうということが、よくある。すでに答えが先にあって、その答えにたどり着くことが決まっている情況のなかで、道中だけはこれまでと違う趣向をこらそうと、健気になる。文体が先にあって、その文体のなかで思考してしまうということだけれど、ならば、まず作家にできることは、「答え」のパターンを増やすことである。厳しい序列闘争を凌ぎ、人気者になったアイドルの魅力を順々に考え、ノートに記すことは、「答え」の数を増やすのに役立ってくれるはず。
次に、一度ここでアイドルへの思索に区切りをつけ、次のブレークスルーを待ちたい、という思いがある。実のところ、アイドルを語るなかで発想を得るという体験には、日向坂46の正源司陽子のデビューを最後に、久しく出あっていない。過去のアイドルたちがそれを与えてくれるのか、現役のアイドル、あるいは、まだ見ぬ少女たちがやがてそれをもたらすのか、わからないが、とにかくそれを待つという状態を作りたいと、今、考えている。
とはいえ、それだけでは、やはり読み物としてはおもしろさに欠けるから、リストアップしたアイドルの中から私の理想に叶うアイドルを16人選んだ末に、一つ、選抜を作ってみようと思う。リストアップにあたっては、乃木坂46の4期など、令和直前にデビューしたアイドルは除外した。また、卒業日が平成か否かは問わないことにする。批評家は己の時代のとりこになることは避けなければならない、と言ったのはグレアム・グリーンだが、『アイドルの値打ち』を書き始めたのは、令和を直前に控えた2018年だから、その点、ある観点では、私はこの格言に囚われることなく平成のアイドルを語る準備ができている。もちろん、私情を忘れずに。

前田敦子、平成3年生、AKB48の第一期生。
やがて国民的アイドルグループへと成長を遂げることになるAKB48の強い主人公として描き出されたこの少女のことを、そのまま平成のアイドルシーンを代表する存在だと扱ってもなんら差し支えないだろう。大衆のだれもが共感せざるをえないものの中に、だれにも共感されないものをそなえ持つことで、シンデレラに選ばれた。後世は、平成に生きたアイドルの特徴、たとえば、満たされることのない日常をアイドルという魔法で吹き払おうとする、アイドルを夢への架け橋にする少女たちの横顔を、この「前田敦子」から知ることになるだろう。

大島優子、昭和63年生、AKB48の第二期生。
アイドル=笑顔だとする考えは、宝塚少女歌劇のスターであった雲井浪子を萌芽とするはずだが、大島優子が並ではないのは、雲井の存在を知らない大衆にアイドル=笑顔だとする認識をあらためて植え付けた点である。その意味ではこの人の功罪は計り知れない。なぜなら今日では、アイドルと聞けば判で押したように、ただ笑顔を振りまけばいいのだとする安易な考えをもったアイドルと、またそれを良しとする作り手、ファンでシーンは溢れかえってしまったからだ。宝塚少女歌劇には、篠原淺茅という、ステージ上ではほとんど笑顔を見せない踊り子がいたことを、大衆は知らない。篠原淺茅は雲井浪子に比肩する人気者であったという。大島は雲井、篠原、両名の魅力をもつ。

柏木由紀、平成3年生、AKB48の第三期生。
平成が終わりを告げた後日、30歳アイドルなる金字塔を打ち立て、シーンに新たな枠組みを作った。直截的に、アイドルの寿命が延びたと、喜ぶべきかもしれないが……。「アイドル」が延伸されるということは、アイドルに求められる資質、アイドルの魅力そのものが様変わりするという意味になるが、この点において現役アイドルの多くは腰が引けているかに見える。柏木の凄みは、そうした課題を乗り越え、たとえば、踊りの成熟化に成功している点にある。他のベテランはどうだろうか。いまのところ、「成長」にたいする猶予=甘えしか見えてこない。
