乃木坂46の『チャンスは平等』を聴いた感想

乃木坂46, 座談会

(C)チャンスは平等 ミュージックビデオ

「アイドルの可能性を考える 第三十四回」

メンバー
楠木:文芸批評家。趣味で「アイドルの値打ち」を執筆中。
OLE:フリーライター。自他ともに認めるアイドル通。
島:音楽雑誌の編集者。
横森:カメラマン。早川聖来推し。

今回は、乃木坂の新曲について、語った。

「『チャンスは平等』のミュージックビデオを観る」

OLE:コンパクトにまとめてる。ソリッドって表現したほうが良いのかな。冴えてる。
横森:めちゃくちゃ良い。歴代で見ても上位に入る。
楠木:山下美月は、こういうのがやりたかった、あるいは、やりたいようになった、ってことなのかな。卒業ソングという体裁と、山下美月というアイドルのイメージを上手に崩してる。
横森:虚子の『俳諧師』みたいにさ、アイデンティティ自体にストーリーがちゃんと生まれてる。凄いよこれ、踊りで自分を語っているんだから。でもそれに一体誰が気づくんだ?とは思う(笑)。
OLE:取り乱してないんだよね。山下美月っていつも取り乱してるイメージあるけど、これはない。
楠木:それを聞くと、さっそく自分の言葉を裏切ることになってしまいますが、正真正銘の卒業ソングなんですね、今作は。虚子でたとえるなら『進むべき俳句の道』でしょう。だれよりも詩を書いてきた人が「詩」に容喙しすぎて「詩」の批評をしてしまうという意味で。乃木坂の一員としてしっかりと自分の役割を演じてきた人が、最後の最後で「アイドル」そのものを表現している。要するにこれはアイドルの批評をやっているんだね。私が考える理想のアイドルとはこれこれこういうものなんだって、歌い踊っている。笑顔のなかで表現している。そう考えると、とてつもなく真っ当に見える。
OLE:アイドルソングってことなら、これが完成形になるんだろうな。
楠木:チャンスは平等だと言っていますからね。文句なしです。秋元康は「アイドルソングを作っているつもりはない」と話すけれど、その上でこれだけ完成されたアイドルソングを秋元康に作らせるんですから、山下美月に並ではないものがあるんでしょう。
島:アイドルシーンに限定するとしても、チャンスって平等ですか?
楠木:アイドルソングとして「チャンスは平等」というタイトル・詩が置かれて、それにたいして、疑問をいだいたり、果ては、チャンスは平等なんかじゃない、と叫ぶ人間は、頭がどうかしていると思う。そういう人間って、現実問題としてチャンスが平等であるかどうか、考えようとしているわけだから、信じられないほどのバカだと思う。チャンスは平等だ、と歌うことは、要するに、戦争なんかなくなればいい、と歌うこととまったく同じなので。現実がどうであるかは関係ない。アイドルがその使命をまっとうしているだけです。別にそれはロックでもヒップホップでも構わないけれど。歌う、ということの意味をもう少し考えたほうがいい。
OLE:その意味じゃ、この曲がアイドルソングの王道に立つための条件として吉田綾乃クリスティーがキーになってるんだよな(笑)。ここにきて吉田綾乃クリスティーだよ。すごいグループだ。
横森:作品を支えてるよね。文字どおり「体」で。
楠木:であれば、筒井あやめの落選は当然の成り行きに見えます。この楽曲は表現できないでしょうね、彼女では。明確に役割を持てないのであればアンダーで控えるしかない。株なら間違いなく買うタイミングですが(笑)。あとは……、菅原咲月も全力で買いですね。
横森:しかし落ちるナイフという言葉もあるからね。筒井あやめは落ちるナイフにしか見えない(笑)。
OLE:『チャンスは平等』は活力をテーマにしているんだから、菅原咲月は入れるべきだと思うけどね。
横森:活力と言うなら、順風満帆に見えるメンバーがアンダーに落ちることも「活力」になり得るよ。
楠木:くだらない。
OLE:アイドルの活力ってのは、要は山口百恵とかさ、中森明菜、広末涼子、後藤真希、前田敦子でもなんでもいいけど、そういう並びを言うんだよ。
島:後藤真希と前田敦子はその並びに入るんですね。
OLE:間違いなく入るでしょう。新曲を見るに山下美月はこの並びに入る可能性があるよ。
楠木:その並びには入るかな?『チャンスは平等』を正当に評価するなら、彼女はあたらしいカテゴリーを作っているので、いや、あたらしくもないんだけど、今のアイドルシーンにはないものですね。たとえば、僕は坂井泉水を想起しましたよ。活力を大衆に向けて歌うことで、アイドル自身がアイドルにやつされていくところなんか、まさしく坂井泉水に見えます。『負けないで』をどれだけ歌ったって本人は虚しいだけですから。
島:それを鵜呑みにするなら、アイドル批評を志すなら、そんな人間がどれだけいるのか知りませんが、『チャンスは平等』を眺めて、山下美月の魅力を堂々と言葉にできる人間だけが批評で生活できるんでしょうね。
楠木:それを山下美月本人がやっているからおもしろいんですよ。
横森:批評ってのはやっぱり同業からの派生なんだな。ヤコブソン、小林秀雄、サントブーヴ、ヴァレリー、挙げはじめたらキリがない。
楠木:そこまで大仰に遡る必要はなくて、単純に、人が自分の感情を表に出そうとする際には、まず「詩」があった、というだけの話で、もちろんそれは「絵」でも良い。絵だってあれは要するに「詩」だから。アブストラクトでもなんでもいいけど、詩がまずあって、それを批評したものが小説つまり物語になったのだから、詩のあとに批評が出現したわけではない。詩情が生じるということは、もうそこに批評も生まれているということだね。ここでもまた自分の最初の発言を反故にするけれど、山下美月はアイドルになったことで、アイドルを演じながらどういうものが「アイドル」なのかということを考えはじめ、最後にそれを表現しようとおもった、つまり「アイドル」を踊りをもって批評した、ということなんでしょう。アイドルを演じながら答えを見つけたわけではない。アイドルを演じてきたという実感が「アイドル」を批評させたにすぎない。そういう意味では、『チャンスは平等』は言葉の正しい意味で集大成的であるし、卒業ソングとしては比べるものがないかな。つまりあたらしいカテゴリーを生んでいるということです。これからは、卒業センターに選ばれたアイドルは、自分がおもう「アイドル」を好きなだけ表現すればいい。山下美月がこういった境地をひらいたのは、やはり、乃木坂らしさ、というテクストの重さと、その制約からの解放があったからでしょう。はじめから自由奔放にやれるアイドルではたどり着けない境地ですね、これは。もちろん、加入したグループがシーンの主流であり、しかもその流れをつくったメンバーの大半が在籍しているという条件もつくので、この条件に合致するのは乃木坂の3期だけだし、センターということなら、山下美月しかいません。
横森:批評が生まれているってことはさ、『チャンスは平等』で山下美月がやったことがいつか王道になる可能性があるんだよ。かなり長いレンジを作ってる。10年後、20年後、話題に挙がる可能性がある。
島:センター以外はどうですか?
楠木:称賛するなら、川﨑桜かな。ここにきてようやく自分の魅力の打ち出し方がわかってきた、表情をつくるコツをつかんだように見える。これだけ自分を美しく見せることができるならもういつ表題作のセンターに立ってもおかしくないですね。
OLE:自信に満ち溢れてるね。楽曲のテーマにも合ってる。
楠木:全体的に、アイドルが美しく撮されていますよね、今作品は。実は、そういう作品はすごく少ない。

 

2024/03/18  楠木かなえ