SKE48 末永桜花 評価

SKE48

 

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「土曜の夜と日曜の朝」


多くの現役アイドルが動機の不在を痛感させるシーンにあって、アイドルのレーゾン・デートルに対し長い距離感と握力をもった人物であり、情誼に厚い、ビルディングスロマンタイプのアイドルである。
まず、名が良い。『桜花』という名からは、日本的な憧憬、自然の奥行きと迫力を感じる。ビジュアルも、その響きをしっかりと感知し、鷹揚な立ち居振る舞いをする。焦点が定まると、長い時間そこをじっと見つめている。目が合う、ただそれだけで、それに意味が生まれてしまうのは、ファンを童心へ回帰させる資質(処女性、一回性)の持ち主と云える。肩から落ちる長い黒髪が”あたらしい郷愁”として心の深奥に落ちていく。それらは、SKE48の歴史のなかで物語られ、つくられたイメージ、力強さと儚さに一致する。

SKE48というアイドルグループが他のアイドルグループと一線を画するのはイデオロギーの継承力にある。

AKB48は第一期生から三期生までのアイドルによる群像劇が幕を閉じると、「個性」を求め、さまよい歩く物語がはじまる。第九期生の誕生で群像劇への回帰が果たされるかと期待をしたが、島崎遥香という最後の「個性」を作り上げ終局する。つまり、これは、グループの体質(諦め)と捉えるしかない。例えば、SKE48からAKB48へ「移動」をした木﨑ゆりあは信念のつよいアイドルであったが、次世代のアイドルたちに自身のイデオロギーを継承させることは叶わなかった。例えば、AKB48の物語の主要登場人物である柏木由紀。彼女は兼任先のNMB48、NGT48でイデオロギーの継承を試みていない。自身の物語を完成させること、エピローグの体裁を整えることに躍起になっている。AKB48とは関係のない場所、乃木坂46に兼任したSKE48の松井玲奈のイデオロギーは現在の乃木坂46に綿々と受け継がれている。それはグループの特色にすらなっている。


AKB48の、イデオロギーに対しての概念が希薄である理由は、第一期生から三期生までのアイドルに「不完全さ」を抱えた主人公が揃い、その主人公たちによる群像劇が不吉なバイブルになってしまったからだろう。現在のAKB48に所属するアイドルは、後ろからも前からも切り離されて浮遊しているように感じる。共感こそあれ共闘のない物語とでも云えばよいか。彼女たちが倒錯した「個性」に縋るのは避けることができない業なのだろう。もちろん、そのような境遇によって書かれる物語が奇妙な輝きを放つこともある。

SKE48はAKB48よりも政治闘争の色が濃い。クリティークなアイドルが多い。仲間を堂々と批評するし、批評を受け入れる覚悟がある。他者を深刻に傷つけてしまう可能性を理解してもいる。これは、ファンにも伝播している。彼女たちのファンは自身が応援するアイドルが批判されることに良くも悪くも馴れている。無関心や寛容、傍観でもなく、批評、批判という行為に馴れている。議論をくり返すアイドルたちが心の重い闇を裸にしていく光景をみたことがあるからだろう。だから、SKE48に所属する多くのアイドルは、後ろも前も右も左も繋がっている、と云える。グループの「次の時代」を担うアイドルたちを眺めることによって、既視感やノスタルジーを抱くことができるのだ。末永桜花はそれを象徴する存在と云える。彼女の「行動」によって、過去のコンテンツに光が差し、再び息を吹き返していくのをみてわかるとおり、彼女はファンにとって、思いをめぐらす”よすが”なのだ。


止揚という言葉がある。グループのイデオロギーを背負った、あたらしい時代を闘うアイドルが、グループの枠組みを毀し、自身の可能性の幅をどこまで押し広げられるのか。それが止揚なのかどうか、我々の目に”結果”として映るのが常だが、末永桜花の場合、すでに止揚を終えている、と感じる。このさき、第一期生や二期生との交錯経験の無いメンバーが現れる時代がかならず訪れるが、そのときに求心力を発揮するのは末永桜花だろう。

現在の末永桜花は壁にぶつかりながらも、きちんとブレイクスルーを起こしている。未だ隘路に陥っていないが、他人に何かをうち明けたり気持ちを説明したりすることには、なれていないように映る。『人間はなにかに自分を付着させて生きていくものだよ』(*1)という科白があるが、彼女が付着しているのは外でもないSKE48である。それが原因か、彼女から”モノローグ”を感じないのである。”反動”を感じない。

「おまえはもう兵隊なんで、テディー・ボーイじゃないんだからな」と特務曹長はいってたが、おれはどっちでもないよとアーサーは思った。他人が貼りつけるレッテルなんて絶対におれはお断わりだ。おれ自身の名前だって、たとえ給料簿にのっていようと、ほんとのおれではないはずだ。いったいおれは何者だろう、と彼は思った。ビールを一杯ひっかけたいと思ってる長さ六フィート、炭坑用の突っかい棒だ。それがおれの正体さ。だけどもしだれかが聞いたふうにおれを突っかい棒ときめやがったら、どういたしまして、おれはダイナマイト商人で、軽機関銃売りで、百トン戦車のセールスマンで、カプタスタン旋盤の熟練工で、そのうち軍隊をあの世まで吹きとばしてやろうと思ってる男なんだ。おれはおれ以外の何者でもない。そして、他人がおれを何者と考えようと、それはけっしておれではない。やつらはおれのことを何ひとつ知ってやしないんだから。(略)彼はぎらぎらした眼で灰色の壁面を見つめていた。

(アラン・シリトー「土曜の夜と日曜の朝」)

彼女の今後のテーマはこのようなモノローグ=転向になるだろう。グループの過去(歴史)=イデオロギーを背負った少女が、あたらしい栄光を摑むために、あたらしい歴史を物語るとき、その仮構(アイドル像)を作り替えるとき、夢にうなされながら自我を確立させるとき、現在(いま)つけている仮面の紐がかならず切れ落ちるだろう。

 

総合評価73点

アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物

(評価内訳)

ビジュアル 13点 ライブ表現 13点

演劇表現 16点 バラエティ 14点

情動感染 17点

 

引用:(*1)村上春樹 海辺のカフカ・上

SKE48 活動期間 2015年~

評価点数の見方