AKB48 後藤萌咲 評価

後藤萌咲 (C) ウォーカープラス/田中智久

「青春の犠牲」

成長共有の分野で極北に立つアイドルである。アイドルとして描く本篇の物語の量を凌ぐ”外伝”を書き切ろうとする熱量をすでに感じる。ビジュアルについては、ルックス、スタイルともに申し分なく、バランス感覚を伴った姿形はクールでスマートなアイドル像を作り上げている。笑うとクールさが途端に消えて、抑えきれない好奇心によって森の深い場所を彷徨うことになった子猫のような”戸惑い”が形づくられる。アイドルを演じる日常を青春の犠牲と捉えずに青春そのものとする彼女の姿勢は、自身の物語を他者に共有させる覚悟の表明であり、自身の物語の読者となったファンに対する”真剣さ”の現れだろう。その真剣さが引き起こす情動によって野心と虚栄心が立ち現れる場面もすくなくはないが、それはアイドルとして、人として、生命感に満ちている徴である。このタイプのアイドルは時間の流れが止んだ虚構の中で輝くことが多いが、「後藤萌咲」の場合は静止的な世界よりも、映像作品やライブステージといった動的な架空世界の中に置かれたほうが心の揺れを表現しやすいようだ。繰り返しループされる世界でみせる生命感や拒絶感が作る表情はとても煌やかで儚い。

「だれだって自分が自分の友だちさ」と媚びるような笑顔を見せて、フェイギンが答えた。「どこに行ったって、自分くらいいい友だちはないからね」
「時によってはそうでないこともあるぜ」といかにも世なれた大人を気どって、モリス・ボルターが答えた。「自分がいちばんの敵だという人間もあるからね」
「そんなこと考えちゃいかん」とフェイギンは云った。「自分が自分の敵になるのは、ただ自分と友だちになりすぎるからであって、自分以外の人間に気を使うからじゃないさ。なんの、なんの、そんなこと、道理としてありゃしないよ」

ディケンズ 「オリバー・ツイスト」

後藤萌咲が、自分以外の人間が奏でる「音」を信頼する(身を委ねる)ことができずに、不信感だけではなく拒絶感さえも示してしまうのは、”自分自身がいちばんの友だち”だからである。そして、それが”つよがり”という「個性」として捉えられ、賛辞さえおくられてしまう。彼女を『そこから動けなくしている』のは、この個性への錯覚が原因だろう。
後藤萌咲は「個性」への問いが尽きないアイドルである。それは彼女からグループアイドルとしての「個性」が欠落してしまったせいかもしれない。だから彼女は、あたらしい時代に呼応しようとしても、あたらしいタイプのアイドルにはなれないし、グループのイデオロギーを継承していないから、古いタイプのアイドルとも呼べない。彼女は、何処へも往けない浮遊感を身にまとっている。例えば、後藤萌咲がファンとの交錯によって起こす情動、これは世代が異なれば、ひとつの個性、アイデンティティにさえなっていたはずだ。例えば、後藤萌咲のギリシャ彫刻を想わせる姿形、これも秋元才加がアイドルとして生きた時代ならば、秋元がそうであったように、そこに「自我」を感じさせただろう。共時性の閾には到達しない、再現性の範疇とよべる現象が彼女から、(彼女と同世代の、多くのアイドルから)個性を欠落させてしまった。彼女たちは「比較」されることに飽いている。その行為自体に何らかの意味(価値)をみいだすことができないでいる。自発的能動性に対する貧弱さを彼女から感じてしまうのは、この一種のペシミズムが影響している。

同世代のアイドルと比べ、ペシミズムが後藤萌咲に重くのしかかるのは、彼女がセンタータイプのアイドル=主人公への宿命を背負ってしまったからである。『ひと夏の出来事』において、ノスタルジックな仮構の中で儚く舞う彼女の姿形が、自身の存在理由を満たしていく光景にすり替わり、仮構の世界から勢いよく飛び出して、”世代”を象徴する「憂鬱」をステージの中央で表現することが可能になったら、自己の可能性の幅を押し広げることができれば、と虚構と仮構の境域を不分明にするような「if」=憧憬を観者に抱かせたのだから、後藤萌咲は”センター”=主人公という役割に、どんな場面でも、ここではない別の世界でも、その業に追いかけられつづける人物と呼べるだろう。

後藤萌咲とはAKBグループにとっての「鍵」の象徴である。後藤萌咲のような少女が「後藤萌咲」のようなアイドルへと成長した出来事は、シーンの収斂に迎え撃たれる”次世代”の象徴なのだ。平成の終わり、令和の始まり、この境界線を越える次の世代のアイドルたち、彼女たちの多くは青春の犠牲を儚さとして立ち現せるのではなく、幻想になりきるのでもなく、アイドルそのものが日常であり、青春である。この「鍵」の合う「空扉」を探す旅こそ、現在のAKB48が立つフェーズ、そこに提示された命題と云える。「鍵」の象徴的存在である「後藤萌咲」の動向をそのままAKB48の行く末と捉えることも、もちろん可能だろう。つまり、後藤萌咲は、今後の動向に、その結末にきわめて高い価値を持つアイドルの一人であり、彼女の出した”答え”には検証の尽きないフィクティブな批評空間を作り上げる原動力が宿りつづけるはずだ。

 

総合評価 71点

アイドルとして豊穣な物語を提供できる人物

(評価内訳)

ビジュアル 15点 ライブ表現 16点

演劇表現 12点 バラエティ 15点

情動感染 13点

AKB48 活動期間 2014年~2019年

評価更新履歴
2019/01/18  再評価、加筆しました バラエティ 14→15
2019/08/03  加筆しました

評価点数の見方